Blog#124 石井翔大著「恣意と必然の建築 大江宏の作品と思想」(2023.3.20、鹿島出版会)を読んで

 Blog#117でピュリツァー賞の建築評論家ポール・ゴールドバーガーによる初の評伝『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』が鹿島出版会から出されたのを読んで、こんな評伝を日本の建築家たちにも期待したいと書いた。
 その甲斐あってか、2024年9月18日、藤本貴子さんが法政大学建築学科の創立者の一人、大江宏研究のため、陣内秀信・小堀哲夫・種田元晴氏と共に石井翔大さんを伴って来宅。石井さんから『恣意と必然の建築 大江宏の作品と思想』なる著書を手渡された。

(2023.3 鹿島出版会)

 手元に「建築を教える者と学ぶ者」(1980、鹿島出版会)、「建築学大系(1)概論」(1982、彰国社)、「大江宏=歴史意匠論」(1984、大江宏の会)、「21世紀建築のシナリオ 木から教えられてつくる」(1985、NHK出版会)、日本建築画像大系ビデオ(1985、岩波映画製作所)等と共に、石井翔大著の「大江宏の作品と思想」があり、懇談中に一見して、これはすごい本だと思って開くと、大江作品を全て見て歩いた上、現地でヒアリングしての本当の大江宏研究者の労作であると分かった。本書は、ゴールドバーグ並の労作であり、大江宏の生い立ちや作品の質・量・人格・見識などの面で、大江宏はフランク・ゲーリー並のすごい建築家であることも理解できた。

 当日は、日本の近代建築教育の創始者たちが、如何に偉くて、立派な反面、面白い人たちであったの論は、あまりに楽しく、私としたことがすっかり陣内ペースに乗せられ、その上、陣内先生持参のイタリアの上等な赤ワインをその場で開栓した結果、約束の2時~4時が6時まで、なんと4時間もの懇談会になった(写真)。

後列:石井翔大 種田元晴 藤本貴子
前列:小堀哲夫 陣内秀信 尾島  

 取り急ぎ、多忙な陣内先生や小堀先生のご来宅を感謝し、Blog#117、#123のご一読を願う次第。 

Blog#123 バーツラフ・シュミル著・柴田裕之訳「世界の本当の仕組み」(2024.9.5、草思社)を読んで

 

 2024年9月、OBの柴田裕之(しばた やすし)君が10月に「MAHOROBA賞」を受賞することになったが、その推薦人の佐土原聡君から、彼がまた大変な訳書を出版したと聞き、当人から贈られた書を読むことになった。

 研究者がテーマを選び、探究するに当たっては、先ずは、そのテーマの「本当の仕組みや仕掛け」を知ることが大切なことを繰り返し教えてくれたのが、早稲田大学建築学科時代の3年先輩で、私の郷里・富山県の出身でもあった古田敏雄氏であった。

(2024.9.5 草思社) 

 彼は卒業して清水建設に入社、間もなくカナダのマニトバ大学に留学した。当時はMITやハーバード、イエールかUCLA等への留学が人気の大学であった。然るに、日本ではあまり知られていないカナダの大学へ留学するのかと聞いたら、彼は「本当の近代建築を学ぶのはマニトバ大学の建築学部しかないのだ!!」と啖呵を切られたことを今も鮮明に覚えている。

 この先輩は、学生時代から物知りで、理屈っぽくて、本質論が大好き、とにかく説明し始めたら止まらない癖があった。その彼は、清水建設の設計本部長となり、専務取締役となった後も、よく先輩として面倒をみてくれた。彼の親切な妹さんも建築家になって、郷里の富山で活躍していたこともあって、1990年代、清水建設の初代社長の清水喜助氏の出身地でもあったことから、日本建築様式の本当の技術を継承してゆくには、宮大工の職人学校を創ることしかないと説得され、富山国際職藝学院を創立。その学院長として20余年間、1000人もの大工職人を輩出したが、今はコロナ禍と大工職人の不況下で、休業状況にある。

 何故急に古田先輩のことを書き始めたかと言えば、序の「なぜ本書が必要なのか?」と第一章の「エネルギーを理解する」は、私自身の研究テーマであり、多分に古田先輩の影響であった上に、本書の著者がマニトバ大学の特別栄誉教授であることを知って驚いたからである。

 読後感は、実に素晴らしく,何の反論もできない完璧な説得力で、本当の仕組みを教えてくれる著書であった。古田先輩の学んだマニトバ大学の伝統を輝かしいものにしたシュミル先生に最敬礼、そして脱帽!!である。

 OB・OGたちへの推薦書として、簡単に書評を記せば、第1章の「エネルギーを理解する」については、私自身が「熱くなる大都市」を著し、今日の気候変動による地球温暖化対策に追われていること。政治家の2050年ゼロエミッション宣言の無責任さに日頃憤慨していること。然るに本書では、「ある惑星のきわめて高度な文明が近隣のさまざまな銀河に探査機を送り込み、地球とその生き物も遠隔監視の対象としての論」、その監視の結果、地球上の化石燃料の活用は、2050年では終わらないことと同時に、安心したのは、酸素は地球上の生命を支えるに十分存在しうることを教えられた。

 第2章の「食料生産を理解する」では、縄文時代の採集社会は、光合成による植物由来の食物であったが、今日80億人の多くが都市に住み、その人々の食料は化石エネルギーの支援なくては成立しないことは、日常の食品を考えればよく分かると。

 第3章の「素材の世界を理解する」では、私自身、初めて知る知識であった。「現代文明の四本柱」は、すなわちセメント、鋼鉄、プラスティック、アンモニアだ。2019年時点で、世界では、セメントが約45億トン、鋼鉄は18億トン、プラスティックは3億7千万トン、アンモニアが1億5千万トン消費された。確かに、建築や土木工事に使われるセメントや鋼鉄、プラスティックなくして近代都市生活は成立しないことは分かる。アンモニアは肥料の主役として不可欠であることも、この章で教えられて納得する。

 第4章の「グローバル化を理解する」では、第一次産業の農水産物の世界物流の実態や第二次産業の工業化社会でのエンジンの存在なくしてグローバル化はあり得なかったことはよく理解できる。第三次産業の情報化に至っては、台湾の半導体ならぬマイクロチップがグローバル化を支えていることも確かである。

 第5章の「リスクを理解する」では、ウィルスによるパンデミックや地球温暖化が、世界中の人々にとって、今や最大のリスクであることは、よく理解できた。しかし、全てのエネルギーを再生可能エネルギーである太陽に依存することによって、リスクを避けること以前に、太陽の異変そのもののリスクを考えれば、本当のリスクは何かが見えてくる。

 第6章の「環境を理解する」も、私自身の研究テーマで、人類のみならず生命を育む地球はかけがえのない星で、その地球は、2050年から2060年迄にゼロエミッションにすることによって環境破壊を止めることなどできないことが分かっているのに分かりたくない「本当の仕組み」を説明している。

  第7章の「未来を理解する」では、2030年のSDGs目標達成も不可能なことのみならず、2050年のゼロエミッション、NC達成も今から不可能なことは学者でなくても分かっている。目標が達成できなかった時、結果は「この世の終わり、アポカリプス*と特異点シンキュラリー**」の狭間に入る。人口問題、食糧問題、エネルギー問題、核開発や気候変動等々の恐ろしい予言や破滅の日が到来する筈だが、予測の失敗で、この世は継続するであろう。それは、ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」によるもの。

*  神から選ばれた予言者に与えたとする「天啓(黙示録)」
**  人工知能が2045年に人間を上回る。