Blog148 箱根湯本温泉への家族旅行で「温泉地学研究所」訪問

 2026年1月9日(金)新宿発12:20の小田急ロマンスカーで、箱根湯本駅13:47着。
一駅バックして、箱根登山鉄道の入生田駅下車。徒歩5分の「神奈川県温泉地学研究所」へ。

 1995年、通産省の石油代替エネルギー委員会の地熱調査部会長として、日本各地の地熱調査をするに当たって、何故か熱海・箱根の温泉組合等の反対があった。その時、温泉組合と発電などの地熱利用者の利権が面倒なことを痛感した。最近はどうなっているかを聞くことができたらと考えての訪問。

 年賀状に、失われた日本の30年間を考えるに、カーボンフリーとしての地熱利用が再び注目されたこともあって、当研究所が、1961年に「神奈川県温泉研究所」として設立され、1995年に今日の研究所が当地に移転したことを知ったことからの突然の訪問であった。

 残念ながら、大涌谷や小涌谷、さらには箱根七湯の温泉源を結ぶ湯守や地域配管等の引き湯ネットワーク等に関しては、地元の専門業者が昔からの伝統を守って仕事をしている様子で、当研究所の研究対象ではない由。唯、地熱利用としての発電と温泉源との利害に関しては、敏感な関係にあることは今も変わらないのではとの意見。
 カーボンフリー対策として都市環境エネルギーの問題として、日本の地中熱の活用については、温泉源・地熱・地中温度の活用に当たって、本格的に検討すべき時と考えさせられた。

 帰途、家族と共に「生命の星・地球博物館」へ。立派な建物や展示物にふれて、日常生活にはない刺激を受けた後、タクシーで箱根湯本温泉の天成園へ。

 箱根町の標高は800~1000m、南北12キロ、東西6キロ(東京の山手線のスケール)の外輪山に囲まれた地に400余軒(10,000室)の温泉旅館やホテルが立地し、年間2,000万人以上の観光客で賑わう。1919年、箱根登山鉄道が開通、早雲山の東斜面に湧く温泉を利用して強羅温泉街が形成され、戦後は大涌谷から引き湯した仙石原温泉街が形成された。

 今度の温泉旅館(天成園)は箱根湯本駅から須雲川づたいに歩いて12分。江戸時代の春日局の血を引く稲葉氏の別邸のあった敷地に60余年前に開業。俳人・荻原井泉水が(天の成したる園)として「天成園」と命名。敷地内には与謝野晶子の「玉簾の瀧」の歌碑等もあり、自然の素晴らしさに満ちた敷地内に198室の巨大な宿である。

 天成園の屋上には天空大露天風呂があり、敷地内の4本の源泉は地下227mから一日200トン、泉温45.9℃の温泉を揚湯。草津温泉の自噴湧出量は1位で32万トン、別府温泉は2位で2万トン、箱根温泉は5位で1.5万トン/日の湯量。
 4:00pmチェックインして、まずは屋上の露天風呂へ。何はともあれ、自然の温泉は気分爽快で、夕食のバイキングも美味い。

 1月10日(土)早朝の6:30am、屋上の露天風呂に浴して、朝食後は玉簾の瀧、玉簾神社、延命水、飛烟の瀧等、30分程の庭園散歩。
 10:30チェックアウト。歩いて箱根湯本駅へ。1泊2日(延べ24時間)の短時間の旅行であったが、長いお正月休み中にあって、最も刺激の多い、充実した時間であった。

 天成園の源泉と荻原井泉水の歌     (神奈川温泉地学研究所内の地表標本前で)
「瀧は玉だれ 天女しらぶる 琴を聞く」

Blog147 山本理著『甲州街道てくてく歩き』(東京図書出版)を読んで

 2024年正月、Blog105で『東海道五十三次てくてく歩き』を読んでの書評で、次はぜひ「中山道六十九次を期待する」と記したが、その時には、すでに甲州街道を2022年から2023年にかけて取材済みであった。鉄道ファンとして中央線の魅力、歴史ファンとして新選組と武田勝頼、東京人としての甲州街道200kmのてくてく歩きはマストであったのだ。
 あの時から丸2年の正月2日、なんと山本理さんが家族と共に来宅され、久しく甲州街道の面白さを話してくださった。

徳川家がこの街道を五街道の一つとして整備したのは、江戸城が攻められたときに、先ずは親藩・譜代の甲府城を経て、富士川から舟で駿河へ避難するための緊急避難路であった由。幕末に近藤勇や土方歳三らがこの道を利用したことや、徳川家康が武田や北条と戦った跡等、甲州街道にはそれ相当の魅力があったのだ。私自身も上京してすぐに、万一の場合、郷里の富山への避難ルートとして、甲州街道沿いの八ヶ岳山荘を拠点にしたことを考えると、国道20号線と中央線は中山道とは全く違った江戸・東京からの避難ルートであったのだ。

 本書で山本さんが歩いた道を『この都市のまほろば』で利用した晶文社の『ライトマップル 山梨県道路地図』と『長野県道路地図』を見ながら、国道20号線に沿って、山本さんの手書きのイラスト地図と標高図を確認しながら読み始めると、私自身が歩いている気分になる。国道20号線から外れた旧甲州街道は荒れ果て、蜘蛛の巣や雑草で見えなくなっており、そんな坂道を歩く苦労が共有されてくる。旧街道を示す標識を見つけ、ホッとして謝意を表する山本さんに共鳴・賛同する。

 本書の11~109頁は文字通り甲州街道をひたすら歩いて、日本橋から半蔵門前の国道20号線に沿って、旧道を見分け、
・第一日目は、日本橋から①内藤新宿(②下高井戸・③上高井戸)、(④国領・⑤下布田・⑥上布田・⑦下石原・⑧上石原)、⑨府中・⑩日野宿まで <41.8kmを8時間36分>
・第二日目は、日野から⑪八王子・⑫駒木野(⑬小原・⑭与瀬)・⑮吉野・⑯関野まで <30.1kmを6時間34分>
・第三日目は、関野から⑰上野原・⑱鶴川・⑲野田尻・⑳犬目(㉑下鳥沢・㉒上鳥沢)・㉓猿橋・㉔駒橋・㉕大月㉕大月まで <26.6km 5時間41分>
・第四日目は、大月から(㉖下花咲・㉗上花咲)・(㉘下初狩・㉙中初狩)・(㉚白野・㉛阿弥陀海道)・㉜黒野田(㉝駒飼・㉞鶴瀬・㉟勝沼まで <35.5km 7時間41分>
・第五日目は、 勝沼から㊱栗原・㊲石和・㊳甲府柳町・㊴韮崎まで <32.5km 6時間6分>
・第六日目は、 韮崎から㊵台ケ原・㊶教来石・㊷蔦木まで <30.1km 5時間41分>
・第七日目は、 蔦木から㊸金沢・㊹上諏訪・下諏訪まで <35.2km 6時間53分>

 旧甲州街道の歩きは231.7kmを47時間余、平均5km/hの健脚は驚くばかりである。「この体力であれば、ぜひ中山道も」というと、「和田峠の熊が怖いですから」といわれ絶句する。既に調査済みであったのかと。
 確かに、中山道の和田宿周辺を5~6年前に歩いた時、道に迷った上、こんな坂道をどのように和宮様が通ったのかと思う程の難所であったことを想い出した。

 本書の127頁以下は「第二章 多摩・新撰組紀行」。私の著した『この都市のまほろばVol.6 東京編』で、理解するところ多々あり面白く拝読する。
 「第三章 甲州海道各駅停車の旅」については、OBの鉄チャンである市川徹君から多々 情報を得ており、これも理解するところであった。
 「第四章 武田勝頼タイムトラベル」はユニークで、勝頼の生まれのルーツは信濃国上原城。初めて城主になったのは信濃国高遠城で、17才から24才迄。24才で武蔵国滝山城・相模国三増峠、28才で甲斐府中躑躅ケ崎館、36才で甲斐国新府城、37才で甲斐国岩殿城。終焉の地の甲斐国田野についての物語は学ぶこと多く、今年の私たちの八ヶ岳合宿で、ぜひお招きしたいお客様である。

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     『甲州街道てくてく歩き』(山本理著、2025.4)       山本理氏

Blog146 マーセル・ディルサル著・柴田裕之様訳

「独裁者の倒し方」(2026.1 東洋経済新報社)を読んで

 素晴らしい本が今年も柴田裕之君によって翻訳出版された。
「序―黄金の銃のパラドックス」では「地上最強の独裁者たちは、恐怖におびえながら生きることを運命づけられている」との文章に、そうか、そうだったのか。毎日の新聞やテレビの報道の裏にはこんな事実があったのかと、これまで思ってもいなかったことが書き出しから記されており、引きずり込まれて読み始めたら眠れなくなってしまった。

        「独裁者の倒し方」(東洋経済新報社 2026.1.20)

 あまりに生々しい実態を教えられて、歴史の裏面を知ることになる。これまで書籍やテレビ、新聞等から学んだ自分自身の歴史観の面には裏があり、本当の姿は、その表裏が一体になってこその歴史であることを、最近の出来事を通して語られていたからである。よくぞ、こんな本を出版することができたと驚くと共に、今日の世界が独裁者で動いていることを考えさせられる。本書は、明日の世界を予言してくれる程の内容であり、刺激的な著書である。

 「第1章 降りることのできないランニングマシン」では、独裁者はひたすら走り続けるしかないことを示す。高齢になっても、疲れていても、マシンを降りるときは死あるのみ、という恐ろしい実話。トルクメニスタンの大統領ナザルバエフの哀れな末路が例に挙げられている。同じようにルーマニアの独裁者チャウシェスク夫妻の惨めな最期やリビアのカダフィ大佐の最期等、どれ程に悲惨なものであったかを教えられた。常々不思議に思っていた国外亡命の実態とその困難さも、この章は明らかにしてくれている。

 「第2章 内なる敵という脅威」に対する独裁者の精神状態として、No.2や後継者の立場の困難さについては、日本でも歴史的によく理解されてきたことであるが、改めて認識した。

 「第3章 軍人たちを弱体化する」については、専門的で理解できない点が多かった。しかし、東京の首都直下地震時にクーデターが起きる可能性を研究したことを思い出した。クーデターの成功率にまで踏み込んでの解説は見事である。

 「第4章 叛逆者、武器、資金」については、昨今のトランプ大統領のディール政策で連日繰り広げられるEU・中国・ロシア・北朝鮮とウクライナ戦争での情報合戦はあまりに不透明な情報の混沌下にあって、終わりなき戦争と平和のあり方を教えてくれた。

 「第5章 国外の敵、国内の敵」では、ソ連のスターリンの粛清実態やアメリカのカストロ(キューバ)対策の本音が分かる物語で興味深い。

 「第6章 民衆に銃を向ければ負け」は、天安門事件を考えればよく分かる話題。

 「第7章 暗殺の他に選択肢がないとき」は、ロシアやサウジアラビア、北朝鮮の暗殺を考えれば、やはりそうであったかと頷くばかり。ロシアのプーチンを例に、国民から切り離された世界(分断)、次元の違った国家を演出することで政権交代を不可能にすることの容易さについての解説で「リアルはバーチャル以上」、「事実は小説以上の世界」であると教えられる。

 「第8章 政権交代の難しさ」は、日本ではよく理解されないが、情報の分断されたアフリカの政権交代による悲惨な報道を見ればよく分かる。

 「第9章 独裁者の倒し方」の章は秀逸である。北朝鮮を実例に、独裁者を倒すのは如何に困難かを示している。国民国家体制という不思議な世界の今日、大小様々にして、それぞれの歴史をもった結界が世界を構成している以上、しかも「内政不干渉の原則」という国際法上の原則がある以上、この問題は簡単ではないことを改めて認識させられた。

 米寿を過ぎた自分自身の人生を振り返ると、自分は本物のランニングマシンに乗ったこともなかったし、自分の立場や役職を辞めようと思ったら「一身上の都合」と称して、いつでもすぐに辞めることができる立場でしかなかった。これは淋しいことだが、今日の日本社会は、やはり世界的に見ても民主国家であることを実感する。しかし、日本の失われた30年を考えると、独裁者の必要性を求める声が出始めているようで心配である。少なくとも自分の意志でランニングマシンの乗り降りが可能な立場で人生を終えることができる幸せな国を育んでいきたいものである。

 読後の感想は、独裁者でない私たち普通の人であっても、何のために、どんな目標達成のためにランニングマシンに乗るのか、マシンで蓄えた力を降りたときにどう使うのか等を改めて考えさせられる名著であった。巻末、参考文献の数は延べ608冊にも及び、著者が本書にどれ程の労力をかけたかを知る貴重な資料である。

今回も翻訳者として柴田君の名訳に脱帽、OB・OG諸君に本書の一読を薦める次第である。というのは、本書を読んだ前と後では、これからの新聞やテレビの報道の受け取り方が一変するに違いないからだ。

Blog145 (一社)都市環境エネルギー協会の2026年度  年頭所感に寄せて

会員各位

明けましておめでとうございます。代表理事より会員の皆様に新年のご挨拶を申し上げます。

 2025年10月13日、大阪・関西万博が「いのち輝く 未来社会のデザイン」をテーマに、予想を超える成功裡に閉幕し、「Beyond EXPO 2025 ~万博後の大阪の未来に向けて~」として、新たな「成長戦略」が検討されています。

 2025年9月1日、大阪ガス本社ビルのホールで恒例のシンポジュームを開催し、翌2日にはEXPO‘25会場を視察。会場でのレガシーを活用しての「大阪夢洲BCD・脱炭素化推進委員会」や「神戸三ノ宮駅周辺BCD・脱炭素化推進委員会」をベースに、実証から実装に向け、推進予定です。

 また、東京都にあっては、中央区、港区、豊島区、新宿区のBCD・カーボンハーフ推進委員会は、ゴミ焼却場からの排熱利用やCO2対策等で、国や都と連携、これも実証から実装へのステップが見えてきました。

 関東・関西地区での活動のみならず、名古屋や福岡でも副理事長会議の合意を得て、面的熱利用の普及を推進する予定です。

 すでに「海外からの水素等サプライチェーン調査委員会」では、オセアニア、中近東、EUでの調査を終えて、SDGsやC.N.の2030年目標達成に当たっての情報交流を進める昨今。当協会が英語のホームページを開設したこともあって、海外のエネルギー関係者との意見交換が多くなりました。

 2026年6月、カナダのオタワで「IDEA年次会議(Connecting Networks)」が開催されるなど、世界的に面的熱利用のネットワーク拡張や大変革が伝えられている状況下、日本のモデルとなってきたパリやロンドン、ベルリン、ニューヨーク等、最近の実情を知るため、できれば(一社)日本熱供給事業協会との共催で、北米やヨーロッパへの視察団の派遣について考えています。

 こうした活動を続けるためにも、第一種正会員のみならず、第二種正会員、特別会員の参加を要請する次第です。
 2026年度も新たな決意の下、BCDとカーボンニュートラルの目標達成に向け、面的熱利用のネットワークの拡張に努力したいと考えています。

 会員皆様の益々の御支援・御鞭撻をよろしくお願いする次第です。

                            代表理事 尾島俊雄

 2026年の元旦、「年頭所感」と1月29日の「賀詞交換会」でのご挨拶を考えるとき、今日の世界状況から、カーボンニュートラルの目標達成は水素等の生産と運搬が予測を超えて困難なことから、eメタンや熱供給事業の拡張が注目され、特にパリ、ロンドン、N.Y.等の大都市での排熱利用の地域熱供給事業の拡張が進んでいることを考え、当協会の役割が期待されることに気づいた。

 河川や海水、下水処理場のHP利用の地域冷房、CGSやゴミ焼却場等からの高温排熱利用の地域暖房の普及は、これからの日本の都市にあっては不可欠の都市インフラであることをもっと一般に理解してもらうための活動が、当協会の使命であること。そのために、当協会が準備してきた二種会員(学識者)と特別会員(地方自治体)の参加を中心とした研究会を立ち上げたいと考える年始である。