小松幸夫教授の早大最終講義「建築ストック社会の到来とその先に見えるもの」を聴いて

 2020年3月14日に予定していた最終講義がコロナ禍にあって一年間延期したが、本年も対面式で実施出来ず、結局はZoomウェビナーでの講義となった。司会は板谷敏正君で、紹介は高口洋人君。「学生たちに、建築界は新築時代から既築建物の質を高める時代に入っている。然るに、その正確な統計資料さえ日本には存在しなかった。小松先生は、東大・新潟大・横浜国立大・早大と、1968年から2021年の今日に至る半世紀余、一貫して、日本の建築ストック状況を明らかにしてきた」との紹介後に、小松教授の登場(早大西早稲田キャンパス 55 号館 N 棟 1 階大会議室)。

 「1949年12月、文京区関口台で生まれ、西宮の小学校から高校までは関西。1968年の東大入学時は紛争時代。内田祥哉研究室での卒論・修論・博士論文は「建物の耐用性に関する研究」を一貫して行った後、新潟大・横浜国立大を経て、1998年4月、早大の神山幸弘教授の後任として22年間、本日が早大での最終講義になった。」これからも本日のテーマを追求し続けられると聞いて安心する。

 建築の耐久性・耐用性・寿命・償却等々の用語解説と共に、木造分野での杉山英男、十代田三郎、関野克、鋼材では山田水城、コンクリートの松下清、岸谷孝一他、また先達としての真鍋恒博、宇野英隆、高口恭行、飯塚五郎蔵氏等々、私にとっても懐かしい方々の名前が出て、その先生方の研究成果をも見事に語られるのを聴くのは至福の時間。日本の建物が英・米に比べて余りにもサイクル年数や滅失建物平均寿命の少ない原因等についても明確に解説。特に、総務省や学会、財務省令の耐用年数(償却年数と称すべし)の求め方や、その問題点の指摘(寿命は決まるもので、耐用年数は決めるもの等)は当を得ている。

 2008年に私が早大を退職して、(一財)建築保全センターの理事長(2008-2018)に就任していたとき、「公共建築のマネジメント」がこれからの重要テーマとして、財団内に地方自治体と共同研究会をつくった。小松先生はそのリーダーとして最適とあって、何度かお会いしたが、その研究会の成果や研究者達の活躍については、この講義を聴いて初めて、その成果が大きかったことを知った。

 また、先生を早大に迎えたときの歓迎会では、東大・新潟大・横国大等の国立大学に比べて、私学の早大は学生が多い上に、変わった奴がいるから大変。しかし、確か先生は未婚であったことから、定年が長い上に給与も高いから、きっと結婚も出来る筈とご挨拶したような思い出にも浸った一刻でした。

 末筆ながら、その先に見えるものについて、先生の弟子達が先生の指導を得て、少しばかり展望していましたが、まだ十分には見えていないので、是非共、もう20年頑張って明らかにして下さい。日本は、人命のみならず、建築でも世界一の長寿命を達成するために。

 

*「建築ストック社会の到来とその先に見えるもの」の動画(https://youtu.be/Qx40uW2aj_k
*資料のリンク(ダウンロード期限:2021/4/30)https://1drv.ms/u/s!AshriBnIwSCLgYhI0nJdl18VoZ0p3A?e=PczexV

長谷見雄二君の早大最終講義「木造防火都市の夢」を聴いて

 3月13日(土)、都内には「竜巻・大雨・強風・洪水注意報」が発令されていたが、コロナ禍とあって、早大理工57号館での最終講義を在宅(Zoom)で視聴する。

 講義の内容は、長谷見著「木造防災都市・鉄・コンクリートの限界を乗り越える」(2019.9 早大出版部)を参照すると分かり易い。多分、この書に盛り込めなかったであろう実物火災実験の歴史的秘話と共に、産業革命以降の近代建築や巨大都市の発展過程にあっての「火災研究」がもつ影響力の大きさを話すことが当日の主旨と思われ、参考になった。

 長谷見君自身が語る二毛作人生(公務員としての建築研究所時代の1975-97、早大教授としての教育者時代1997-2021)で体験した実物火災実験を通して得た知識が、大災害に至る初期対策や前兆を見分ける「術」に対する教訓は、この講義でよく理解できた。

 私の知る長谷見君は「災害弱者に対する人並み以上の関心の高さ」や「学位論文のフラッシュオーバーの理論解析等を通しての数学力」から、予測される大災害に対して、これからも信頼できる防災対策を提言できる第一人者として、三毛作の人生を成就して欲しい。

——- 忘れないうちに、私と長谷見君の親交記録 ——-

 長谷見君と露崎暁君と二人で書いた卒論「住宅団地のシステム管理研究」を指導して、二人に共通した弱者を思う心根を発見。露崎君は若死にしたが、生命保険金を尾島研に寄附し、それがNPO-AIUEの基金の一部になっている。長谷見君の修論「大型冷却塔の技術評価」では、東京湾岸の海水冷却型火力発電所を空冷にすると、羽田空港は成立しないことを教えた。その成果で渡米費を得て、NTTに職を得た松島君とMITやGEの大型コンピュータセンターの調査を行った。その間に公務員試験に受かって建研へ。

 1982年に提出した学位論文「区画火災の数学モデルとフラッシュオーバーの物理的機構」は、数学科の審査員をして、彼を早大に誘致するよう勧告。1997年に石山修武建築学科主任と建研から身請けする。その際、所長から建研の火災研究を支援する約束をさせられた結果で、今日に至っていた。

 最終講義の参考書は、伊藤滋先生が早大に寄附した東京安全研の所長としての成果である。

3月5日 横浜国立大学主催「トランジション・シティ 都市をめぐる知の交差」シンポジュームを聞いて

  このシンポジュームに参加して、「横浜国立大学に都市科学部が発足して4年、その完成年度に合わせて『都市科学事典』を出版したこと」や「佐土原君が初代の都市科学部長を務めた後、この事典をベースに、大学院で都市イノベーションを実践する研究院長の要職にある」ことを知った。

 これから都市イノベーション学府に学ぶ修士や博士課程の学生たちにとって、このシンポジュームのもつ役割は大きく、パネリストの責任は大きかった。学部では、Urban Science Encyclopedia(都市科学百科事典)を学び、次に大学院では、不確実性なTransition Cityにあって、Urban Innovation(都市を革新する)を実践するための研究を行うという。

 この分野では最先端のパネリスト(早大の伊藤守、東大の福永真弓・吉見俊哉、横国の吉原直樹・佐土原聡教授等)を中心に、十分に演習されていたことを知り、その段取りprocess(進行過程)の良さに驚かされた。

 Zoomウェビナーによるオンライン参加者の私にとって、自宅で、実に気楽にこの横浜国立大学主催の大変な講演を聴講できるということは、世界最大の東京首都圏はすでにspace(物理的空間)からDX(Digital Transformation)時代に入っていることを教えられた。

 既に私のBlogで都市科学事典の素晴らしき挑戦については賛辞を記した。このシンポジュームは、年度内には横国大のホームページやYouTubeで公開予定とのこと。きっと歴史に残る成果を生むと思います。私の研究室に学んだ卒業生たちにも、是非「都市科学事典」と共に、このシンポジュームを視聴し、アフターコロナ時代にあって、これからの私たちの周辺の都市環境を豊かなものにして欲しいと願って。

 敢えて、4人のパネリストの発言で、印象に残ったことを記せば、

・伊藤守教授:紙ベースの事典は既にレガシー、今の学生たちは歴史像をもっていないが、偶然性や不確実性に敏感で、複眼的感受性をもつ。

・福永真弓准教授:オーガニックプロセス。封じ込めての循環生態系としてのサクラマス。自分も変われるし他者も変わるコミュニティ論。

・吉見俊哉教授:1964年の東京オリンピックの成功体験からの断絶。スローダウン、しなやかに末永く、15分の生活圏、グローバリズムはパンデミックと不可分。文理は複眼で、融合は無理。

・吉原直樹教授:過去から学習できない都市と向き合う。隔離からみんなが繋がる都市。レガシーの喪失。

都市科学事典の編集代表者 佐土原聡君の偉業

 2017年4月、横浜国立大学が50年ぶりの新学部「都市科学部」を開設したのを契機に、横浜の出版社・春風社が2021年2月28日、「都市科学事典」(Urban Science Encyclopedia)を出版した。その編集代表を務めたのが、初代都市科学部長の佐土原聡君である。

 佐土原君が4~5年前に、世界人口の2/3が集住する都市問題の課題解決という社会的要請に応えるため、横浜国立大学で多分野の知的資産の蓄積と最新の学術的成果である専門知を文系・理系にかかわらず多分野から集め、それらを連携し、経験知とも融合して実践的に活かす統合知を創り出すための都市科学部を創出する。そのためにも、事典を編集する。ついては、私が50年前に早大で初めて創出した都市環境学について、2頁程で原稿を書いてくれないかとの依頼であった。2頁で都市環境について書くのも大変であったが、それ以上に、最初に都市科学部を創ること自体、大学内での仕事はどれ程困難であり、さらにそのための情報収集も合わせた事典を編集するという途方もない夢を淡々と語る佐土原君の才能と包容力の大きさに驚き、かつ賛同しつつも、成功の可能性は限りなくゼロと予測していた。

 しかし、2017年4月には本当に日本で最初の新学部が横浜国立大学に誕生し、彼が初代の学部長に就任した。また、ネット時代にあって、紙ベースの事典が生まれる筈がないと考えていたのに、コロナ禍にあっても着実に出版作業が進行していて、世界中が緊急事態宣言下に置かれている2021年2月に公刊された。

 2021年3月5日には横浜国立大学編「都市科学事典」出版記念オンライン・シンポジューム「TRANSITION CITY 都市をめぐる知の交差」が15:30~18:00に開催されたのである。このシンポに私もZOOMで参加させてもらったが、この一週間前に佐土原君から事典の贈呈を受けた。1000頁を超える立派な箱入りの事典である。まずは3月2日付の佐土原君のさりげない挨拶文「執筆の感謝と都市科学分野の確立は緒に就いたばかりですが、刷り上がって参りましたので、謹んで贈呈します。」何の気負いも感じられない文面を見ながら、編集代表者としての「はじめに」を読み、10余名の編集委員と380余人の執筆者名(この中に私の研究室のOBが10余人)を眺めながら、手当たり次第に頁を捲って読み始めたら、これが面白くなって止められなくなった。都市科学をかくも面白く、1000頁を超える大著に編集されていたことに対して、ボッカチオの「デカメロン」もかくやありしと思った。1348年のペスト大流行時、フィレンツェ市内の寺院で10人が10日間、一人1日1回語り合った「デカメロン」は、時代が生んだ不朽の名作であるが、まさにコロナ禍にあっての「都市科学事典」も斯くの如くに思われたので、その読後感をハガキに記して、佐土原君への祝辞とした。

 私の研究室OBで教師をしている諸兄には、是非、公費・私費問わず、この事典を入手し、一読をお勧めする次第である。