Blog#114 ジェレミー・リフキン著・柴田裕之訳「水素エコノミー」(2003年4月、NHK出版)を読んで気付いたこと

 Blog109『サピエンス全史』、110『レジリエンスの時代』でOBの柴田裕之君を紹介し、NPO-AIUEから「まほろば賞」の推薦をするに至った経緯を記したところ、『サピエンス全史』他、ユヴァル・ノア・ハラリの翻訳書をよく読んで、書評を書いている京大OBで、縄文社会研究会の雛元昌弘氏を中心に、中嶋浩三氏と佐土原聡氏の五人で日本文化の世界文明化について話し合う茶会を開催することになった。

 その時に、柴田君が「20年も前の古い翻訳書ですが」と持参してくれた表題の著書を、2、3日後に何気なく読み始めて驚いた。第8章によると、「水素エコノミー」という言葉を最初に使ったのは、GMだった。1970年にGM技術陣が水素を未来のエネルギー源候補としたためであり、30年後の2000年5月には、GMの取締役ロバート・パーセルは『当社の長期ビジョンは、水素エコノミーの実現だ』と語った。

 『「脱炭素化」とは、新しいエネルギー源が登場するたびに燃料中の水素原子に対する炭素原子の割合が減ることを指して科学者が使う言葉だ。人類の歴史のほとんどを通して、主要エネルギー源として利用されてきた薪は、他の燃料と比べて炭素の割合がもっとも大きく、炭素と水素の原子数の割合は10:1だ。化石燃料の中では石炭がいちばん炭素の比率が高く、水素はわずかに1:4だ。つまり、新たなエネルギー源が登場するたびに、二酸化炭素の排出量は減ることになる。ウィーンにある国際応用システム分析研究所のネボイシャ・ナキシャオヴィッチの推定によれば、世界中で消費される一次エネルギーの単位量当たりの炭素排出量は、140年前から毎年0.3%ずつ減少し続けているという。
 もちろん、燃やされる石炭や石油の絶対量は増えているので、二酸化炭素の排出量の合計は増加の一途をたどり、地表付近の気温を上昇させてきた。―略―
 脱炭素化の終着点は水素だ。水素という燃料は炭素原子をひとつも含まない。水素が未来の主要なエネルギー源となれば、人類の誕生以来ずっと続いてきた炭化水素エネルギーの時代は終わりを告げる。』

 本書は2003年の出版である。訳者は「あとがき」で『水素は無尽蔵で、しかも偏在するので、少数の国に独占される心配はない。燃料として使っても、二酸化炭素はいっさい排出しない。小型の燃料電池を一般家庭や店舗、事務所に置いて発電したり、燃料電池車を普及させて駐車中に発電機として使ったりし、その電力を、水素エネルギー・ウェブ(HEW)で共有すれば、需要を満たして余りあるエネルギーが得られるという。ー略ー
 著者も認めているとおり、水素エコノミーに移行するには、インフラの整備をはじめ、手間も暇もお金もかかり、道はけっして平坦ではない。また、将来、水素以外の有力なエネルギー源が浮上するかもしれない。だが、いずれにしても本書を読んで、多くの方が過去と現在を見直し、発想転換のヒントを得て、現状打破に向かうきっかけとしていただければ、こんな幸いなことはない』と述べている。
 そして、著者は第8章で以下のように主張している。
『ほんとうに問題なのは、電気分解に使用する電力を、太陽光や風力、水力、地熱など、炭素原子を含まない再生可能エネルギーを使って生産できるかどうかだ。ワールドウォッチ研究所のセス・ダンは、「太陽光や風力を利用する電気分解は今はまだ高くつく」が、「今後10年でコストは半分になることが見込まれている」事実を引きあいに出す。―略― 再生可能資源から水素を製造する最大の意義は、二酸化炭素が発生しないのはもちろんだが、太陽エネルギーや風力・水力・地熱エネルギーを水素に変換すると、「貯蔵」エネルギーになり、いつでもどこでも濃縮された形で利用できることだ。この点は強調しておかなければならない。再生可能エネルギーに基づく未来社会の実現は、エネルギー貯蔵の媒体として水素を使わなければ、不可能とは言わないまでもかなりむずかしくなる。エネルギーを変換して得られる電気は、すぐ流れでてしまって貯蔵できない。つまり、太陽が照らない、風が吹かない、水が流れない、燃やす化石燃料がない、という事態になれば電力は生産できず、経済活動は停止する。水素利用は、エネルギーを貯蔵して社会に電力供給を絶やさないための、じつに魅力的な方法なのだ。』

 アメリカを代表する文明批評家で、多くのベストセラーを出版している著者が、近年、力を入れてきたのが無尽蔵でクリーンな水素を燃料とする「水素エネルギー」の実現だ。『全世界をつなぐ水素エネルギー・ウェブ(HEW)構想とは? 人類文明史上最大の革命を起こす!』として2003年4月に出版された本書は、イタリアでベストセラーになった。
 日本では、NHK出版に頼まれて柴田君が翻訳したらしいが、余り売れなかったようだ。恥ずかしながら、私も本書の存在を知らなかった。しかし、本書の随処に記されているのは、HEW時代に至る1970年のホップから2000年へのステップ、時代と共にジャンプとして2030年までに実現するであろう「水素エコノミー時代」への正確な予告である。翻訳者もまた、それを裏付ける記述をしていることは前述の如くである。

 著者や訳者の予言どおりに、日本でも2003年以降、20余年間に再生可能電力による電解水素が、カーボンプライシングを支払うことによる化石燃料よりも確実に安価な時代が見え始め、2030年には達成可能と同時に、燃料電池やソーラー発電、CGS等の普及とイノベーションで、脱炭素化に寄与するGX推進の切り札になっている。

 本書の如き名著・名訳書は、古くなる程に価値が出ると実感。20年前の先進書で、20年後を予測して適中させる本書は、2030年代には本格的に「水素エコノミー」時代が来ることを教えてくれた作品だ。これこそ、(一社)都市環境エネルギー協会で今年設置する予定の「国内外からの水素等サプライチェーン構築・利活用調査委員会」の必読書としたい。

 水素に関しては、日本は先進国と言われてきたが、本書を読んで、脱炭素と水素戦略に関しては、明らかに途上国であることを思い知らされた。EXPO‘25やオセアニア、中近東調査団の派遣で何となく分かっていたことではあったが。

(前列左から)柴田・雛元/       ジェレミー・リフキン著・柴田裕之訳
(後列左から)中嶋・尾島・佐土原各氏      「水素エコノミー」(2003.4)

 2009~2011年に、私自身が参加した筑波研究学園都市での「水素エネルギー活用に向けた都市システム技術の開発」の成果を発表した2011年3月11日、東日本大震災の発生で、その後の日本は国土強靱化に追われていたこと。また、2016年5月、DHC協会からの「EUのスマートエネルギー視察団」に参加して見学したのは、2003年2月にイタリアのヴェネツアに設立されたHydrogen Parkこそ、世界発の商用水素発電所の実証モデルで、イタリアは水素の先進国を目指していたことを考えると、2003年の本書がアメリカ以外で翻訳出版され、イタリアでベストセラーになったことも理解されたのである。