2024年10月13日、第21回AIUE国際会議は、2年前に新築された豊洲の芝浦工業大学キャンパスで開催された。日曜の朝とあって、予想より早く迎えのタクシーが到着したので、実行委員長の村上公哉教授の案内で建築学部の研究室や製図室などを案内された。定員240人の施設としては実に素晴らしく、6階の講演会場も立派な階段教室で、第20回のソウル大会にも劣らない施設と準備状況に安心する。
洪元和会長は総長業務最後の仕事と重なり、ビデオ挨拶。表彰式では名誉会長の私と前会長の尹軍氏が代理。最初に「まほろば賞」受賞者・柴田裕之君の記念スピーチ。
「AIの普及で、翻訳者は不要になるか?」というのが主要なテーマの1つだったが、そのきっかけは、「20歳も若いのだから、これからまだ20年は働いて良い仕事をしてくれ」と私が先日かけた言葉だったとのこと。
「北朝鮮の正式国名は『朝鮮民主主義人民共和国』だが、最高指導者の金正恩の言動や同国の実情との食い違いを、AIは果たして消化できるのか? また、ロシアの憲法は言論の自由を保障し、検閲を禁じているが、これまた同国の実情とは掛け離れている」と柴田君は言う。実際、ロシア憲法をAIで翻訳すると、原則(1)ロシアは連邦国家であり、(2)三権分立を基礎とする複数政党制の民主主義的共和国である。(3)基本的人権と自由の尊重、(4)経済活動の自由、(5)私的所有権の保護、(6)国際法の遵守、とある。「人間はそうした矛盾を甘受し、本音と建て前を使い分け、忖度もできるが、AIは自ら同様のことをしたり、人間の真意を見破ったりできるだろうか? 含みを持たせた情報の理解や発信、翻訳が可能だろうか? これも、まだAIが人間に取って代われない側面の1つに思える」そうだ。
それにつけても、町から本屋すら消える状況にあって、是非とも新本を買って欲しいとのこと。最近、彼が翻訳した2冊の本を掲げて見せた。1冊は私がBlog123で紹介した本。これから出版予定の『なぜ悪人が上に立つのか』が2冊目の本で、この表題から「どうして悪人をリーダーに選んでしまうのか?」という疑問が自ずと湧いてくる。イスラエルのネタニエフ首相、ロシア連邦のプーチン大統領、中国の習近平国家主席。そして、私自身が体験してきた近辺のリーダー達――悪人かどうか分からないまでも、どう考えても良い人に思えなかった人が上に立っていたようだ。
この本の表紙を見ただけで読んでみたくなったが、こんな本をよく出版できたもの。さらには、どうしてこの本を柴田君が翻訳する立場になったのかと。「まほろば賞」のスピーチに感動していただけに、早速、読み始めて、期待と全く違った内容に表題との違和感を覚えた。例によって「訳者あとがき」から読んでみようと思ったら、なんと「訳者あとがき」がない。著者の謝辞を読んで、やはり表題がおかしいのではと考え、翻訳サイトや生成AIで“WHO GETS POWER AND HOW IT CHANGES US”という原書のサブタイトルを訳すと、「誰が権力を手に入れ、それが私たちをどのように変えるのか」「誰が権力を手に入れ、それが私たちをどう変えるのか」「誰が権力を持ち、それが私たちにどのように変化をもたらすか」「誰が権力を持つか、そしてそれが私たちにどのように変化をもたらすか」「誰が権力を手にし、それが我々をどう変えるのか」等々あり、「悪人」という言葉はなく、やはり、これは出版社の戦略かと。
改めて本書を再読すると、サブタイトルに「人間社会の不都合な権力構造」とあり、著者がキャンプ用のポータブルチェアに座って書いた人生訓で、著者自身が経験した世界各地の人間社会における歴史的不都合な真実をかき集めたものであるとのこと。版元が訳者あとがきの必要なしと考えたと思い、ホッとした。その上で、本書を読ませる「ワナ」としての「悪人」という言葉の持つ意味、「歎異抄」の「善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや」を思い、立場によって悪人を演じる人生や、実験の範例、さらには大学や刑務所や警察で人間行動が変化する実験研究の成果やサイコパス(PSYCHOPATH=反社会的または暴力的傾向をもつ精神病質者)の人間心理の恐ろしさを記す本書のすごさに脱帽する。
それにしても、第9章「権力や地位は健康や寿命に影響を与える」、第10章「腐敗しない人を権力者にする」、第11章「権力に伴う責任の重みを自覚させる」、第12章「権力者に監視の目を意識させる」、第13章「模範的な指導者を権力の座に就けるために」の内容は、目下、選挙戦の最中の日本にとっても意味深長だ。本書の最後にくるこれら5つの章を政治家育成塾の教科書とすれば、定価の2,200円は実に安いと思われた。