「熱くなる大都市」から「地球温暖化」対策を考える

 日本建築学会「建築雑誌」(2021年5月号)の特集17(暑くなる日本-蒸暑アジアからの挑戦)の論考1に、飯塚悟名古屋大学教授の「日本はどこまで暑くなるのか、そのとき建築や都市はどうあるべきか」、論考2にシンガポール国立大学の「Jiat-Hwee Chang氏とJason C. S. Ng氏の「エアコン近代から低炭素社会へ」という論文があり、この二編に注目した。

 後者の「シンガポールはいかに気候変動の危機に対応しているか」については、一昨日、OGでPwCの田頭亜里さんから「シンガポールの巨大な新都市における地域冷房事業に関して、日本で初めて地域冷暖房を導入した経験をもつ先生の意見を聞きたい」との連絡があった。

 横浜のMM21の地域冷房から学んだというマリーナベイ計画は、目下、大阪・夢洲のEXPO’25とIR計画でも、その事業のあり方を中心にゼロエミッション対策を検討中であった。今や、地球環境への寄与なしの単なる事業収支では、日本からのコンサル業務としてはならないと話したばかりであった。

 シンガポールを筆頭に、ASEAN各国の冷房普及は、個別エアコンの段階から大規模な地域冷房事業へと発展している。1972年に私が設立して、今年で50周年を迎える(一社)都市環境エネルギー協会にとっても、こうした国際的プロジェクトを支援すべく、環境省や経産省、JICA等に協力していたところであった。

 論考1の飯塚教授の論文「日本の東京・大阪・名古屋の最近100年間の平均気温上昇は3.2℃、2.6℃、2.9℃と中小都市の1.5℃上昇に比べて、地球温暖化の0.75℃上昇に対する割合は2.5~3.3倍大きいこと」、また「IPCCの報告である2081~2100年の平均気温上昇4.8℃の予測から、人口減少や省エネが予想される日本の三大都市の気温上昇はこの値以下である点に着目。大都市の都市計画を考えるに当たって、IPCCの地球規模での気候予測モデル(「温暖化ダウンスケーリング技術の建築・都市環境問題への活用に関する研究」で日本建築学会賞(論文)を受賞)を利用し、名古屋市を例に、2030年、2050年、2070年、2090年の気温上昇の状況を算出している。」

 2005年、国交省のヒートアイランド研究会で、スーパーコンピュータを用いた東京のヒートアイランド状況を算定した足永靖信(国総研室長)氏の東京ヒートマップ(CFDによる東京23区全域の熱環境解析)は、東京のヒートアイランド現象を緩和するに当たって、海からの冷風をとり入れる「風の道」研究に役立ったこと。今や脱炭素を目指し、2050年までのゼロエミッションを達成するためには、日本の大都市計画に、飯塚論文は大きな成果で、役立つことは確かである。

 1970年の大阪万国博会場で、世界最大規模の地域冷房を設計した結果、300haの会場に展開したパビリオンや駐車場が、千里の緑の丘をコンクリートと冷房排熱による熱汚染でヒートアイランド現象を起こしていることが人工衛星(ランドサット)からのリモートセンシングで見える化したことから、NHKのTV放送で大きな話題になり、NHKブックスから「熱くなる大都市」(1975年6月)を出版した。その本を高校生時代に読んだのがきっかけで、今やヒートアイランド研究の第一人者・足永靖信氏があることを考えると、OBの飯塚悟君が、IPCCの最先端情報から都市のヒートアイランド現象を予測することによって、日本の企業がASEANの都市計画にとって貴重な情報を提供することになるであろうことは嬉しい限りである。

 昨今では、気象庁のヒートアイランド情報が、毎年、大都市の夏・冬について図解報道されている。こうしたエビデンスに基づいてのまちづくりを考えると共に、大都市に住む私達の日常生活をゼロエミッションにすべく努力すると共に、現役第一線で活躍しているOB・OG達の活躍を見守ることができるのも、ウイズコロナ時のなぐさめであろうか。

内田祥哉先生「逝去」と田辺新一君の「COVID-19報告」に接して

 2021年5月3日、建築界で唯一の学士院会員であった内田祥哉先生が96才で老衰のため逝去されたとの朝日新聞報道に、人生百年時代はまだ遠い先に思えた。内田先生は東大建築学科の教授として多くの直弟子を育てられたのみならず、他大学の学者にとっても崇敬すべき指導者であった。

 日本建築学会会長時代には、私自身、副会長として馬前を駈けたことや、日本学術会議の後任として、伊藤滋先生や私を推薦してくださったこと等、全く専門が異なるに拘わらず、何時、何処でお会いしても常に適切な助言をくださったことや、常々先生の御尊顔を拝すると何故か励まされるのだった。

 私が80才を過ぎて隠居の相談をしたところ、2019年の内田先生の年賀状には「まだまだ現役であるべき」との返事。2020年は何事もなく、今年は寒中見舞いで「段々と社会から遠ざかっています 祥」との便りであった。

 同じ丑年生まれで、私より12年先輩として、コロナ禍であっても、まだまだ頼りになる先駆者と考えていただけに、この一筆に限りない淋しさを感じていた。長年の御厚情を謝し、御冥福を心からお祈り申し上げる次第です。

 こんなBlogを書いているとき、空気調和・衛生工学会誌2021年5月号が贈られてきた。

 「新型コロナウィルス感染症の現状とその対策(1)」特集の冒頭に、田辺新一君の報告があった。私自身、この一年半、COVID-19パンデミックは、都市環境分野のみならず、日常生活にも多大な影響を受けているだけに大きな関心事で、多くの文献や資料を読んでいた。

 然るに、田辺君の報告は実に簡にして要を得ており、日本の各界や海外状況をこれ程少ない頁で上手にまとめ上げるには、余程の腕力がなければ書けないと実感する。常々いろいろな学会誌の読みにくさは老化のためのみとは思えない。この田辺リポートは、熟読の上、充分に理解し、役立つ。

 田辺君はこの6月から日本建築学会の会長に就任する上、日本学術会議の建築界を代表する二人の内の一人の会員でもあることを考えれば、このような報告は慣れていることかと、改めて納得した次第。

 内田先生の如き素晴らしい先駆者の逝去に接し、悲しんでいた時に、田辺君の如き良き後輩の活躍が期待できると知って、この長い連休を終えホッとしている。

 田辺リポートのまとめ『感染症が終息した後もその前の世界に戻ることはないと考えられる。この間の経済的な落ち込みは我が国だけでなく世界的に大きく、経済復興に関しても道筋をつけていく必要がある』を最後に引用して。

2021年のゴールデンウィーク(娘との散歩で得た知見)

 東京都民は第3次緊急事態宣言下のゴールデンウィークならぬ10日間ものステイホームをどう過ごしたものかと考えていると、ハイキング姿で娘が散歩に行くというので、取り敢えずお供させてもらうことにした。

 5月2日の日曜日の午前10時頃、都立家政の自宅を出発。娘のスケジュールは、昨日は阿佐ヶ谷、明日は桜台、明後日は石神井川に沿って豊島園の予定とかで、自宅から半径10km程の周辺散歩を予定している様子。

 何はともあれ、同行して驚いたのはスマホの威力である。自宅の練馬区から杉並区の高円寺までは中野区の密集住宅街を抜けて、細い道を上手に間違いなく、その上、面白そうな商店街や公園、曲がりくねった妙正寺川等に沿いつつも、新旧軒を連ねた住宅地や多様な商店、空き地の草花等、スマホのアプリであっという間に解説してくれる。小一時間の散歩は、私にとっては、はとバスの観光案内付きの小旅行の如き時間。長い間一緒に生活しているが、娘とのこんな散歩は初めての体験で、コロナ禍の新常態か。

 家を出る前に見たamazonからの手紙は、10年前に出版した「この都市のまほろば 消えるもの、残すもの、そして創ることvol.1」電子書籍版の売れ筋ランキング第11位おめでとう!」の内容であった。全国800余都市を10年かけてvol.7まで出版したシリーズ本で、走馬観花の旅行記であったが、本日の如きたった半径10km圏の散歩でも充分に楽しい時間。まさに下馬観花の時代である。

 練馬・中野・杉並の各区で一変する住居地域や商店街の景色、同じ商店街でも高円寺の北と南、西と東の区画では全く異なるコミュニティや商店があって、それぞれに楽しく、生き生きしている。結局、娘につられていろいろなものをテイクアウトして、これも娘が持参した大きなエコバッグにたくさんの戦利品ならぬ食品や本等を購入した。高円寺からは重いエコバッグを持って、いつもの帰宅タクシーで環七・新青梅街道で自宅へ。

 3、4、5日の3日間は結局、当日何気なく購入した「手塚治虫の山」(ヤマケイ文庫)、長沢洋著「奥多摩・奥秩父」(山と渓谷社)、斎藤幸平著「人新世の『資本論』」(集英社新書)を熟読して過ごすことになった。

 「2021新書第1位 人類が地球を破壊しつくす時代」20万部突破の新書「有限の地球は行き着くところまできた。」SDGsもグリーンウォッシュで自滅、グリーンニューデールもすでに手遅れで、地球社会はすでに自然本来の回復力(レジリエンス)である臨界点(プラネタリー・バウンダリー)を超えてしまったこと等々を論証した上で、脱成長を目指し、信頼と相互扶助によってコモンを実現する。3.5%の同調者がいれば新天地が創れると説く。五十嵐先生の現代総有論や宇沢弘文先生の「社会的共通資本」を上手に管理することで、アフターコロナ時代の新しい天地創造の方法論がみえてきた。私より50才も若い斎藤氏が、マルクスが資本論で書き残したコミュニズム説や、10才は若く見える五十嵐先生が入会権や財産区に関心を示しての現代総有論も「温故知新」であること。

 しかし具体的に変異ウィルスが地球上で猛威を振るって、今日もまだ暗雲が東京を包囲する。失われた日本の30年は長期停滞であると厳しい斎藤幸平氏は「脱成長にはコモン(水・電力・住居・医療・教育・森林・牧地・土地等)の水平的な共同管理(コミュニズム)の基盤が大切で、三位一体(資本主義の超克、民主主義の刷新、社会の脱炭素化)が不可欠という。NET(Negative Emissions Technologies)や原発、CCS技術は劣悪な解決策で、転嫁の技術に過ぎない。持続的成長(Sustainable Development)は不可能である」と断言する資料を提供して、経済のScale DownとSlow Downのみが目下の脱成長策との説に脱帽する。この要旨が、「手塚治虫の山」で「生きる」ことの尊さを描いた数編のマンガに共通しているのは驚きで、私自身は、結局、何も考えずに、今少し山渓の本を頼りに周辺の山歩きをすることにした。

 5月5日は娘が豊島園散歩と知ったので同行させてもらう。OBの早川潤君が豊島園跡地がハリーポッター館と都立公園にされるに当たって、石神井川に沿って親水空間を再生することで、ヒートアイランド対策のみならず、自らが住むコミュニティ活動を支援して欲しいとの依頼を思い出したからである。

 娘のスマホの威力を借りて再開発中の豊島園周辺の散歩であった。「この都市のまほろば」シリーズで豊島園周辺を取材した時と全く違った周辺視察で、早川君の意図している石神井川の水際を親水空間とする都市公園の計画(春日神社からの参道を利用した石神井川の活用は素晴らしい憩いの空間が生まれる)は、百聞は一見に如かずで、久し振り8千歩以上を歩くことができた。