Blog146 マーセル・ディルサル著・柴田裕之様訳

「独裁者の倒し方」(2026.1 東洋経済新報社)を読んで

 素晴らしい本が今年も柴田裕之君によって翻訳出版された。
「序―黄金の銃のパラドックス」では「地上最強の独裁者たちは、恐怖におびえながら生きることを運命づけられている」との文章に、そうか、そうだったのか。毎日の新聞やテレビの報道の裏にはこんな事実があったのかと、これまで思ってもいなかったことが書き出しから記されており、引きずり込まれて読み始めたら眠れなくなってしまった。

        「独裁者の倒し方」(東洋経済新報社 2026.1.20)

 あまりに生々しい実態を教えられて、歴史の裏面を知ることになる。これまで書籍やテレビ、新聞等から学んだ自分自身の歴史観の面には裏があり、本当の姿は、その表裏が一体になってこその歴史であることを、最近の出来事を通して語られていたからである。よくぞ、こんな本を出版することができたと驚くと共に、今日の世界が独裁者で動いていることを考えさせられる。本書は、明日の世界を予言してくれる程の内容であり、刺激的な著書である。

 「第1章 降りることのできないランニングマシン」では、独裁者はひたすら走り続けるしかないことを示す。高齢になっても、疲れていても、マシンを降りるときは死あるのみ、という恐ろしい実話。トルクメニスタンの大統領ナザルバエフの哀れな末路が例に挙げられている。同じようにルーマニアの独裁者チャウシェスク夫妻の惨めな最期やリビアのカダフィ大佐の最期等、どれ程に悲惨なものであったかを教えられた。常々不思議に思っていた国外亡命の実態とその困難さも、この章は明らかにしてくれている。

 「第2章 内なる敵という脅威」に対する独裁者の精神状態として、No.2や後継者の立場の困難さについては、日本でも歴史的によく理解されてきたことであるが、改めて認識した。

 「第3章 軍人たちを弱体化する」については、専門的で理解できない点が多かった。しかし、東京の首都直下地震時にクーデターが起きる可能性を研究したことを思い出した。クーデターの成功率にまで踏み込んでの解説は見事である。

 「第4章 叛逆者、武器、資金」については、昨今のトランプ大統領のディール政策で連日繰り広げられるEU・中国・ロシア・北朝鮮とウクライナ戦争での情報合戦はあまりに不透明な情報の混沌下にあって、終わりなき戦争と平和のあり方を教えてくれた。

 「第5章 国外の敵、国内の敵」では、ソ連のスターリンの粛清実態やアメリカのカストロ(キューバ)対策の本音が分かる物語で興味深い。

 「第6章 民衆に銃を向ければ負け」は、天安門事件を考えればよく分かる話題。

 「第7章 暗殺の他に選択肢がないとき」は、ロシアやサウジアラビア、北朝鮮の暗殺を考えれば、やはりそうであったかと頷くばかり。ロシアのプーチンを例に、国民から切り離された世界(分断)、次元の違った国家を演出することで政権交代を不可能にすることの容易さについての解説で「リアルはバーチャル以上」、「事実は小説以上の世界」であると教えられる。

 「第8章 政権交代の難しさ」は、日本ではよく理解されないが、情報の分断されたアフリカの政権交代による悲惨な報道を見ればよく分かる。

 「第9章 独裁者の倒し方」の章は秀逸である。北朝鮮を実例に、独裁者を倒すのは如何に困難かを示している。国民国家体制という不思議な世界の今日、大小様々にして、それぞれの歴史をもった結界が世界を構成している以上、しかも「内政不干渉の原則」という国際法上の原則がある以上、この問題は簡単ではないことを改めて認識させられた。

 米寿を過ぎた自分自身の人生を振り返ると、自分は本物のランニングマシンに乗ったこともなかったし、自分の立場や役職を辞めようと思ったら「一身上の都合」と称して、いつでもすぐに辞めることができる立場でしかなかった。これは淋しいことだが、今日の日本社会は、やはり世界的に見ても民主国家であることを実感する。しかし、日本の失われた30年を考えると、独裁者の必要性を求める声が出始めているようで心配である。少なくとも自分の意志でランニングマシンの乗り降りが可能な立場で人生を終えることができる幸せな国を育んでいきたいものである。

 読後の感想は、独裁者でない私たち普通の人であっても、何のために、どんな目標達成のためにランニングマシンに乗るのか、マシンで蓄えた力を降りたときにどう使うのか等を改めて考えさせられる名著であった。巻末、参考文献の数は延べ608冊にも及び、著者が本書にどれ程の労力をかけたかを知る貴重な資料である。

今回も翻訳者として柴田君の名訳に脱帽、OB・OG諸君に本書の一読を薦める次第である。というのは、本書を読んだ前と後では、これからの新聞やテレビの報道の受け取り方が一変するに違いないからだ。

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