2026年3月16日(月)午前3時、「大観荘の夕食は、桂の間で、食べきれないほどに贅沢な京懐石料理(料理長 伴大輔 令和八年弥生)を思い出しながら」このBlogを書き始めた。こんな夜中に、なぜ書く気になったかは、この宿の和洋風の不思議な個室と見事な明り障子の建具のためか。
今月の文藝春秋の芥川賞作品、鳥山まことの『時の家』は九州大学で建築環境学を学んで、設備設計の仕事をして居ての作品だけに、専門家外では知り得ない建築空間に流れる微妙な熱や空気をよく観察しての作品で、畠山丑雄の『叫び』は、建築学会大賞受賞者に贈られる銅鐸の使い方を教えてくれた関西ならではの日常や、大阪万博のミャクミャクグッズや大屋根リンクがどんな評価か教えてくれたこと。又吉直樹と有働由美子の対談記事を読むつもりがBlogになったのは、日本の純文学を代表する筈の芥川賞の内容は、昨今、全く理解できないで困っていた。然るに今回は、日常の他愛ない私生活を中心に、実に些細なことを読ませてくれたこと。今度の熱海旅行も芥川賞作品に刺激されての大観荘泊で、先ずはこのBlogに書くことにした。
年に1~2度の家族旅行に熱海を選んだのは、息子の友人が10年程前、東中野で開店した「大二郎の小籠包」という店に時々家族で通っていたが、今度は、熱海銀座に店舗を新設したというので、その開業祝いに、という目的もあった。
宿泊先を大観荘にしたのは、妻が学生の頃に義父と泊まった思い出の旅館であり、私も30年程前にこの宿に泊まり、大樹の黒松と蘇鉄が気に入り、友人の家を設計したとき、家の「守り神」として、蘇鉄を玄関に植えたことを思い出したからである。
3月15日(日)新幹線で超満員の東京駅から、満員の熱海駅着。タクシーで急坂を上って大観荘へ。ウエルカムドリンクの「大観の間」から見える黒松と蘇鉄の大樹はそのままに健在であった。
上野の横山大観(1868-1958)記念館の庭屋一如の和風建築様式で、和室が21室、和洋室が12室で、定員100名、大浴場は「山王の湯」「滝の湯」「ひのきの湯」「貸切露天風呂」「足湯」と5つもあり、個室にはそれぞれ「ひのき」の内風呂がついている。
回廊には大観の日本画が数十点も展示され、急斜面を活用した内庭と数寄屋風の待合い等々、迷路の如き空間配置の妙に、日本文化の限りを尽くした大工や庭師の作品に満足する。
東館2Fの「藤戸」の部屋に入って、静岡の緑茶と銘菓「小金餅」を食べ、早速「山王の湯」へ。カルシウム・ナトリウム・塩化物混合泉の露天風呂は格別。
夕食は本館「桂の間」で、春の御献立は12膳もついており、料理が次々と運ばれてくる。仲居さんの苦労を考えると、これが京懐石の「すごみ」であり、「おもてなし」の限界と実感する。人手が不足していて満員の客はとれない実情に同情するも、日本の伝統文化の継承の大切さを実感。


大河ドラマ「豊臣兄弟!」を観て、マッサージを60分、これも日本文化。WBCで日本がベネズエラに8対5で負けての大谷翔平の解説。アメリカ、ベネズエラ、トルコ、イスラエルの戦況を気にしつつ、そのまま眠って午前3時の目覚めである。
早朝6時、「ひのきの湯」の露天風呂に入って、朝ドラBSの「どんど晴れ」で老舗旅館「加賀美屋」の若女将の物語と小泉八雲の「ばけばけ」で日本文化のルーツを思い、朝食も同じ「桂の間」での日本食は私のみ。家族は洋食の様子。
朝の散歩は大観荘内の立体迷路の如き屋敷内を隈無く散策する。
10時30分チェックアウト。送迎車で熱海駅経由、伊豆急線で網代駅へ。タクシーで網代港 「いかだ釣りの東海」へ。全て漁師任せで4匹の鯛を釣らせてもらって、その場から歩いて10分の「味くらべ」で刺身とカルパッチョと塩焼きにしてもらって、白飯とあら汁の昼食。生きのよい鯛だけに刺身の嫌いな私でも少々口にする。実に美味。娘は塩焼きの鯛を自宅に持ち帰り、夕食の鯛飯にする。

帰途はタクシーで熱海銀座で開店した「大二郎の小籠包」に立ち寄る。2階にはイートインスペースもあり、なかなか立派なお店。自慢の焼小籠包の味は東中野時代と変わらず美味。わんさと訪れる熱海の観光客に人気が出ることを祈りつつ、お店を後にした。
熱海駅発新幹線で東京駅着。中野経由のタクシーで自宅へ。渋田・小林さんに「大二郎の小籠包」のお土産を少々。この度は純文学と日本文化の体験に“DIE WITH ZEROルール”に従っての旅であった。
