「TOKYO2020オリンピック開催の日」を迎えて

 2021年7月23日(金)早朝、三波春夫の東京五輪音頭“オリンピックの顔と顔 それトトントトトント 顔と顔 待ちに待ってた世界の祭り 西の国から東から 北の空から南の海も オリンピックの晴れ姿 それトトントトトント 晴れ姿~”が昨夜からつけっぱなしのラジオから流れて目覚めた。国民の大多数が反対していたTOKYO2020が愈々開催されることになったのだ。

 西日本中心に猛暑と雷雨、沖縄では台風6号が直撃、気候変動によるドイツや中国の洪水被害に加えて、東京は四回目のコロナ禍の緊急事態宣言下にあって、世界の感染者1億9200万人、死者412万人、日本の感染者85万人、死者1万5千人。東京の感染者は22日(木)1,979人、全国で5,397人。このような状況下にあって、過去最大の33競技に参加する11,000余人のアスリートが既に到着。ソフトボールやサッカーの試合は開会宣言前から始まって、日本が勝っているとのテレビ放送も関心が湧いてこない。無観客の会場に「顔と顔」や「祭り」の雰囲気のない競技場の淋しさがテレビ画面からも伝わってくる。

 2020年から1年延期しても完全なオリパラを開催すると宣言していた安倍総理は既に菅総理に代わって、世界中のコロナ・パンデミックが全く収束していない状態で、組織委員会の森会長辞任をはじめ東京エンブレムの撤回・再公募、ザッハの国立競技場もなく、無観客を予想して設計したとしか思われない隈研吾の競技場は、開会式統括の野村萬斎に代わった佐々木宏は3月にタレントの容姿屈辱で辞任、7月には開会式の作曲者・小山田圭吾が障害者いじめで辞任、開閉会式演出者の小林賢太郎のホロコースト発言から解任との報道に昨夜はすっかり落ち込んでの就寝だった。

 朝のラジオ体操ですっきりしてテレビをつける。世界中は悲惨なニュースばかりに加えて、朝日新聞の22面に建築評論家・五十嵐太郎氏の「国立競技場黄昏の時代の象徴」の記事を読んで共鳴する。1964年10月にブルーインパルスが青空に描いた美しい五輪マークを再び期待していたが、それ程ではなくて、夜8時からすることもなくて、家族で3時間半の長い開会式のテレビ中継を見る。

 国立競技場の外は高いフェンスで、入場を許されない多くの人々が会場を眺めているテレビ中継に呆れながら、直前に解任された小林賢太郎氏のプログラムで、会場では全9章の演出が始まった。先ずは694発の夜空の花火に続いて黙祷。世界に通用する舞台とは思えない淋しい江戸情緒のショーが続いて、アイウエオ順に205ヶ国(地区)の選手団がソーシャルディスタンスをとって、全員マスク姿の不思議な入場である。11,000人中6,000人のアスリートが参加した2時間30分にわたっての入場光景は、テレビの前でも我慢を強いられる。組織委員会の橋本会長とIOCバッハ会長の挨拶、世界中の要人を招いての華やかな開会式でなくて、天皇の開会宣言も「祝い」から「記念」に代替される。

 人工のノズルからの風になびく日の丸やオリンピック旗、福島県浪江町で造られたグリーン水素の聖火の点火式はそれなりに粛々としている。最後は1824基のドローンが夜空に地球を描いて、第32回TOKYO2020オリンピックの幕が上がった。この日は斯くあって然るべしで、せめて平和の祭典になって欲しいと床に就く。

 翌朝の新聞やテレビ報道は、私の体験した開会当日の感想と余り変わらなかった。同時に、海外の報道も又、よく我慢している日本人達との評価に共鳴する。私達のこの我慢で、コロナ禍や台風等で中断されることなく、無事17日間のオリンピック閉会の日を迎えることができれば、世界の国々が体験したことのないオリンピックを日本がやり遂げた歴史をつくったことになる。

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