東日本大震災から十余年が経過したいま、防潮堤の議論を冷静に振り返り、選ばれた結果が適切だったのか否かを再検討したい。特に、当時の議論において「景観」がどう位置づけられ、あるいは位置づけられなかったのか、景観学の観点から再検討したい。
基調講演:山路 永司 (東京大学)
調査報告:齋藤 正己 (法政大学)
成田イクコ(センスアップ・プランニング)
西原 聡 (中央開発)
コメント:尾島俊雄 (早稲田大学)
ディスカッション:発表者ほか
▢コメント:
「景観」とは「主体」から「客体」に向けられた「視線」の存在を前提とする。一般に「客体」である実景をつくるのは建築家(土木技術者)であり、防潮堤の場合、多くは土木技術者である。建築家は実景の創造に当たって「強・用・美」を不可欠とする。防潮堤は高潮や津波に耐える機能(用)と強さに加えて、美しくなければならない。
「主体」とは、被災地におけるイ.居住者、ロ.漁師等、海で業を営む人、ハ.旅行者(観光客)、ニ.(B/C)の公共事業者。
▢山路永司先生の基調報告に対して
東北三県に及ぶ被災地全域を十分に調査された上で事例報告として、宮城県南三陸町の志津川周辺に焦点を当て、防潮堤の景観を考察された。当地は、1896年の明治三陸津波で441名、2011年の東日本大震災で620名もの死者を出した。その津波被害の遺構として、南三陸旧防災対策庁舎が残されて、周辺に造られた海拔20mの築山「祈りの丘」公園から市街地を遠望して、自然の風光明媚なリアス海岸の「清水漁港」や「伊里前漁港」の河川改修や大堤防や高台移転の民家を考察。この地は自然景観を保護すべき陸中海岸国立公園内であり、また自然遺産の破壊を禁止したジオパークにも指定されている。美しかった漁港の巨大防潮堤や水辺に近づけなくなった河川改修の大堤防は、景観学の観点から見れば許せない景色であって、景観破壊のモデルといってもよいのではないか。「三陸復興国立公園」と名称変更したことで、これを「創造的復興」と称するのは景観学として許しがたいと考えるが。
▢齋藤・成田・西原さんの報告に対して
岩手県と宮城県の三陸リアス海岸エリアの防潮堤について検討されて、
①西原報告の岩手県大槌町については、B/Cの土木技術者の立場としては素晴らしい復興事業で、JR山田線の駅舎や水門の景観。しかし、地元のコミュニティや未利用空地が心配。
②齋藤報告の岩手県釜石市の宝来館については、「津波てんでんこ」の教えで、「釜石の奇跡」を生み、高台に学校、低地にラグビー場等、適した防潮堤と逃げる「あり方」をソフト解とする。
③成田報告の宮城県気仙沼市大谷の海岸は、「気仙沼横断橋」や「鉄道駅」や「道の駅」の建設で、巨大防潮堤はその手段として活用。大谷の美しい砂浜や海岸の里海を守る市民参加は有意義。
④石巻市の雄勝町は「日本一美しい漁村」であった筈で、これは南三陸の清水漁港や伊里前漁港と同じで、日本の景観美を破壊。
⑤宮城県の女川町は、適切なまちづくりに成功(海の見える商店街)した様子。
▢日本大震災遺構を中心に世界遺産登録を提言
東日本大震災の復旧復興に投資された国費は10年間に32兆円(Blog15で、岩波ブックレット(2021年出版)に詳細)、(Blog28で、2021年6月、災害から10年の視察)で、岩手県と宮城県・福島県の各一ヶ所、建設された復興祈念館を見学する限り、その巨大な施設とこれからの維持管理費を考えれば、これを景観学の見地からの対象として世界遺産登録することで観光客を誘致する必要性を痛感した。景観学会での講演を聞きながら、登録申請協力者(案)として、復興庁/東北三県/日本景観学会/伊藤滋/中島正弘/五十嵐敬喜/内藤廣 等の著名人を考えてみた。